農・食・健康・むらづくりで新時代を拓く
「月刊「現代農業」を飾ったカリスマ人物伝フェア」
第8回 貝原 浩

反骨でシャイ。
ドブロクを求めて世界を歩き回った絵師
●話して飲んで、描いた―「ドブロク宝典」20年
「現代農業」の長年の読者の方なら、毎号巻頭を飾った図解コーナーの「ドブロク宝典」はご存じであろう。「ドブロクの農文協」の顔とも言えるこの長期連載の著者こそ、絵師・貝原浩である。
貝原さん自身が全国各地を旅し、ドブロクづくりを楽しむ人びとの暮らしぶり、ドブロクの仕込み方、家族や仲間との楽しみなどを、実際にそのドブロクを味わいながら取材し、絵筆による個性的なイラストと短文で描き続ける連載であった。取材を受ける農家の方も、貝原さんがやってくるのを楽しみに待っていた。取材地は日本国内はもとより、アジア、ヨーロッパ、南アメリカ、ロシアなど全世界に及んだ。
1986年新年号からスタートしたこの連載、読者の声に支えられて、なんと2005年7月号まで約20年間174回、貝原さんが病に倒れるまで続いた。
●期待を超えるイラスト、デザイン
貝原浩、1947年倉敷市生まれ。幼い頃から絵を描くのが大好きな子どもだった。少年はその後、東京芸術大学に進み、1970年、優秀な成績で卒業した。世はまさに学生運動真っ盛りの時期だが、どういうわけか相撲部に所属。でかい図体、ギョロリとした鋭い眼光、しかし、何とも愛嬌のある笑顔は、多くの人たちを惹きつけた。その人柄ゆえか、貝原さんの仕事ぶりはじつに多彩である。
ペン画、筆絵、鉛筆画、油絵、描く対象も人物画、風景画、静物画、風刺画とじつに幅が広い。挿画はもちろんだが、誌面レイアウト、装丁などのブックデザイン、ポスターデザイン、そして純粋な画家としても活躍。雑誌はもちろん、反体制の色彩の濃い書籍から、文芸書、哲学書まで、手がけた装丁は700冊を超える。
自著『田んぼの学校 入学編』の装丁を依頼した宇根豊さんは、次のように書いている。
「私は、田んぼで子どもが遊んでいる絵を依頼したのですが、『その程度の表現ではダメダ』と言って、できてきたのが現在の表紙の絵でした。子どもも人間も含めて、生きもの(有情)が田んぼに集まってくる絵でした。」
表紙の絵は、著者の想いをさらに豊かに表現していた。
●似顔絵が似すぎていて…
連載「ドブロク宝典」では、取材地の地名を変え、人は仮名で紹介した。しかし、描かれた似顔絵があまりにも本人の特徴を捉えすぎていて、「こりゃあ、お前じゃろう」と、村の中で噂がたってしまったという笑い話も伝わってきたほど。
取材を終えるといつも、貝原さんはご家族の似顔絵を色紙に描き、贈り物にした。写真のような似顔絵ではない。相手の特徴(本質)を見事につかみ、それをデフォルメして描く。書かれた相手も苦笑いしながらも、ついつい他人に自慢したくなってしまうから不思議である。「宝物として玄関に飾ってあります」といったお礼状が編集部には届いた。
貝原さんと出合った人たちは親しみと愛情をこめて、彼のことを「貝原画伯」と呼んだ。
2005年6月30日、耳下腺ガンにより永眠。享年57歳。
かいはら ひろし
主な著書・画集・挿画
『田んぼの学校 入学編』〔宇根豊〕農文協
『諸国ドブロク宝典』〔笹野好太郎ほか〕農文協
『世界手づくり酒宝典』農文協
貝原浩画文集『風しもの村 チェルノブイリスケッチ』パロル社
『戸籍』『全学連』(ともにFOR BEGINNERSシリーズ)、鉛筆画集『FAR WEST』、『仮設縁起絵巻』(文・池田浩士)現代書館
●貝原さんの仕事を紹介するサイトhttp://kaiharaten.exblog.jp/