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稲作診断と増収技術

書誌詳細情報

稲作診断と増収技術

著者 松島省三

定価 2,530円 (税込)

ISBNコード 9784540191749

発行日 2020/02

出版 農山漁村文化協会(農文協)

判型/頁数 A5 340ページ

在庫 あり

この本のジャンル

解説

1973年刊行の名著が読みやすくなって復活!早期有効茎数確保、中期にデンプン蓄積を高めるV字型稲作理論は、現在の稲作技術の原点。V字型稲作を批判するへの字型理論、太茎大穂型理論を理解する上でも重要。

著者

松島省三(まつしませいぞう)1912年長野県生まれ。1934年東京帝国大学農学部実科卒業。農林省農事試験場勤務。1950年農業技術研究所物理統計部作況調査研究室長。1973年農林水産省退職。1991年日本農学会賞受賞。1997年逝去。享年85歳。

解説(詳細)

本書は『改訂新版 稲作診断と増収技術』(1973年)を底本に、判型を拡大して復刊したものです。

(復刊にあたって)
増産時代をリードした松島省三の「V字理論稲作」

西尾敏彦


■一キリスト教徒の死
 平成9年(1977)3月13日、稲作研究一に生きた一人の農業研究者が昇天した。松島省三、享年85歳。厳格な無教会キリスト教徒だった彼の告別式は、4日後の17日、自宅に近い埼玉県新座市の斎場で行われた。告別式には、生前彼と親交のあった農業関係者はもちろん、信仰を同じくする多くの人々の参列があった。参列者が多くて、斎場に入りきらなかったほどである。式は同派の慣習によって若い信徒が司式し、賛美歌が流れるなか、この人の生涯にふさわしく、厳粛かつしめやかに執り行われた。
 松島はすぐれた稲作研究者であったが、同時に大変熱心なキリスト教徒でもあった。内村鑑三に傾倒していた父親の影響で、若い時から熱心な無教会キリスト教徒であったが、彼自身も矢内原忠雄(元東京大学総長)などに師事し、さらに信仰を深めている。晩年は信仰に関わる多くの説話を発表し、同時に同派の長老として若い信徒のよき相談相手になっていたという。

■増産時代をリードした
 昭和30年代といえば、農家も技術者も増産に燃えていた時代である。なかでも烈しく燃えたのが、当時農林省の農業技術研究所(埼玉県鴻巣市)にあった松島の研究室だった。
 多収を追求する松島の稲作研究は、収量を構成要素別に追求することからはじまった。稲の収量は<面積当たりの籾数×登熟歩合>で決まる。多収を得るには生育中の稲に面積当たり十分な数の籾を確保し、次に確保された籾の登熟歩合を高めてやればよい。
 まず籾数の確保だが、短稈穂数型品種を密植し、チッソ肥料を十分施せば比較的容易にできる。問題は登熟歩合を高める方法だ。籾数を増やそうとチッソをやれば、登熟が悪くなってしまう。どうすればこの逆相関を断ち切ることができるか。そこでチッソの施用時期をさまざまに変え、登熟との関係を調べてみた。松島は自らの仕事ぶりを、次のように述べている。

 だいたい私の試験は、事実こそ出発点だという考えでやるのです。事実こそ出発点。たくさん文献を読んで、その文献で仕事をするのではなくて、田圃でムチャクチャに試験をやるわけです。それで事実をつかむ。それがゆるぎない事実であるかどうかということを確かめて確かめたら、その理由は何かと入っていくのが私のやり方です。

 実は私も、当時鴻巣の試験場にいて松島の仕事ぶりをみている。今でも彼が麦わら帽子にゴム草履姿で、終日試験圃場に立ちつくしたいた姿を思い浮かべることができる。
 ムチャクチャに試験を重ねた結果、松島の得た結論はこうだった。出穂前33日ころ、稲の体内チッソを切ってやればよい。そうすれば逆相関を断ち、籾数を確保しながら登熟歩合を上げ、増収することができる。この時期、稲体のチッソが多いことが登熟を悪くする原因だったのである。
 松島はこの発見を核にして、多収技術「V字理論稲作」を発表した。登熟歩合がチッソの施用時期とともにV字型に変化することからきた通称だが、彼自身は自信をこめて「理想稲稲作」と称していた。

■いつでも、どこでも、だれでも、できる技術
 松島は信念の人だった。少しでも彼の説に異論を唱える研究者には真向から論争を挑み、一歩も退かない。相手が大先輩であろうとなかろうと、学問に関してはまったく妥協を知らない人だった。だが反面、農家の水田で自らの理論を実践してみせる実践派でもあった。
 だから農家との交流も多い。突然届いた見ず知らずの農家の相談に、微熱の身体で長文の返事を書いたこともある。長野県の伊那農協には13年間にわたり、毎年指導に訪れている。おかげで同農協傘下の南箕輪村・伊那市では、単収が全国1、2位に跳ね上がったという。
 彼が創作した「収量簡易速決診断器」は、当初普及所や農業高校などに広く利用されたものである。この器具を用いると、自らの稲の収量を構成要素別に解析することができる。当然、どの構成要素が必要条件を満たしていないかがわかる。そこを改善すれば、より高収をねらうことができるというわけである。
 この診断器に限らないが、「いつでも、だれでも、どこでもできる」稲作というのが、松島の口癖だった。わかりやすく、情熱をこめた彼の話は、いつも農家を魅了した。昭和41年(1966)に出版した『稲作診断と増収技術』(農文協)は12万部を売りつくし、ベストセラーになった。もっとも彼の著書がよく売れたのは国大だけではない。中国でも彼の著書の中国語訳海賊版が出版され、数万部を売れたという噂がある。

■「乳と蜜の流れる地」の実現
 昭和48年(1973)、松島は40年近い研究機関の生活を終え、農林水産省を退職した。ちょうど米が余りはじめ、多収への関心が薄れはじめた時期だったが、彼の信念に一瞬の揺るぎもなかった。日本が満たされたなら、世界に出ていく。技術コンサルタント会社に迎えられ、中国・アフリカなど世界の各地をまわり、パイロットファームなどで稲作技術の指導に当たった。
 中国ではその功績で、いくつかの大学で名誉教授の称号を授与されている。<従来の10倍の収量をあげる>という彼の指導の下に、スーダンでは1ヘクタール当たり9.0トン、ケニアでは12.8トンという最高収量(籾)をあげることができた。
世界中に「理想稲稲作」を広め、飢餓の克服に貢献したい。不毛の荒野や砂漠に稲作のパイロットファームをつくり、農民に見せたやりたい。旧約聖書の中で、モーゼがイスラエルの民を導いた約束の地「乳と蜜が流れる地」をもう一度つくることが、晩年の松島の願いだった。
 「この願いは私の死後でなければ叶えられないでしょう」
 と松島は後輩に書き送っている。亡くなるほんの1年と少し前の発言だが、最後まで未来をみつめ、一生を稲の増産に捧げつづけた彼らしい言葉であった。

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